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こんばんは。連休も終わり、毎日勤務に励んでいることと思います。
みなさんは『別れ』というとどこを連想しますか?先日町内会で飲み会があり、その時も町内の人に同じ質問をしたら『火葬場』と答えた人がいました。確に間違いではないのですが、ちょっと極端すぎますよね。私は北関東で生まれたためか『上野駅』を思い出します。それに仕事や通勤で、JR上野駅をよく利用しています。特急電車に乗ると、いろいろな別れに出会うときがあります。
連休も終わりに近づいたころ、私は東京での仕事を終え、上野駅から常磐線の特急電車の乗車しました。私の座席と通路を挟んだ左側の席に、20歳になったばかりと思う男の人2人が座り、1人が立って話をしていました。内容からすると、東京に来ている同級生に、連休を利用して会いに来たようでした。
『発車1分前です』無情にも車内放送が流れると、立っていた人は座っている友達と握手をしてホームに降りました。電車が動き出すと、ホームの人は、声は聞こえませんが口を動かしながら、電車と一緒に歩き出しました。『上野駅ならではの別れの場面』と思っていたら、車内の1人が携帯電話を取り出し、ホームの人と会話を始めました。その電話は30分続き、その間電車は東京から千葉県に入り、利根川を渡るころまで続きました。
私が高校生の時、写真の個展を見に行ったことがありました。その作品の中に、上野駅での別れの写真がありました。お母さんにだかさっている2歳くらいの子供が、おじいちゃんやおばあちゃんが乗っているのでしょうか?寝台列車に号泣しながら手を振っている写真。好きな男の人との別れでしょうか?ハンカチを顔に当てながら特急電車を見送る若い女性。上司を見送るのか、ワンカップを左手に持ちながら、深々と首を垂れる50代のお父さん。私は高校生という未熟さながら、人の別れ方に感動し『これが写真。これが記録だ』と心から叫びました。
携帯電話・メール・パソコン。どれも今の時代大事なものであり、私もこれらの恩恵を受けています。でも、別れ際に携帯電話はないでしょう。別れの寂しさや孤独感などかけらも感じられません。もちろんそんなものを感じない人生が最高です。しかし、別れのさびしさ、孤独を知り、その人のありがたみや偉大さ、そして大切さを心から感じ、別れがさびしいと思う友達がいる自分にも気が付くのではないのでしょうか?今の日本人は、人と別れた孤独感を忘れたから、人に対しての優しさや思いやりが無いのでしょう。
『別れ』はさびしいけど、またそこから新しい何かが始まると思います。『別れの場面を大切にしたい』と思いながら、今夜は寝ます。おやすみなさい。
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